2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2011.11.24

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2011.11.24

11月で脱トーキョーする鳥越とりさんとこのタイミングでトーキョーインしたアーバンギャルドな女の子もりうちなおちゃんと藤子・F・不二雄ミュージアムへ。非常に魅力的な人物であった。
キテレツ大百科もドラえもんもパーマンもとても素敵だけれど、藤子・F・不二雄は「みどりの守り神」という大人向けSFマンガを描いており環境問題への警笛を鳴らしている。その中から、奇妙さも必要で恐怖も必要、面白さも必要、ポップさも必要だと感じた。そして、最後を希望ある終わり方にすることで(ハッピーエンドにすることで)読者の感情にも響くことを知った。さすが夢を与えるヒトだな。
ミュージアム内に「一生に一度は子供たちの心に残るような傑作を作りたい」という言葉があったのだが、すごく考えさせられた。藤子・F・不二雄が本当に育てたかったのは夢を与えたかったのは子供たちだったのだ。じゃあ、ぼくは一体誰に対してなんだ。
良質の娯楽のみを追求し続けたことや、大切なお金に見合った作品を創ることを大切にしていたことや、体温を感じさせられるような人物を創っていこうとしていたこと、それってやっぱすごいんですよ。人間味のある感情豊かな人物を創りたいってことだとぼくは感じた。あと、子供に伝えることだからどんな小さな虫一匹でも図鑑を見て描いたという。表現者たるものその精神はとても大切にしなきゃいけない。影響力あるヒトならなおさら。
藤子・F・不二雄は自分の子供たちのおもちゃは手作りだった。モーニングのトーストにジャムを塗ってあげるのも市松模様だったりストライプにしていたそうだ。こういう所なんだろうなとひしひしと感じた。教育ってこういうことだろうな。
ぼくが見ている世界を他人が見たら虚像なんだ。ぼくが見ている世界を信じなければ何を信じるのか、ヒトからのアドバイスを受け入れるのは非常に重要だけれどそれに流されていていいの。
世の中虚像だらけ。むしろ虚像で出来上がっている。
カップラーメンってお湯をかけるだけでラーメンになる夢のようなもの。でも、それは自然界のものではない物質によって成り立っているので、もしかすると世界は虚像ではなく実像しかないのか。放射能を含む環境破壊もできるなら虚像であってほしいね。

生活とは、生を活かすものであり生を維持し育むための活動でありまた生きる活力にならなければならない。食と顔の実験2日目。
朝:三育フーズのグラノーラ
原材料:オーツ麦、小麦粉、植物油脂、砂糖、小麦胚芽、アーモンド、ココナッツ、白ごま、ハチミツ、くるみ,食塩
昼:四次元ポケットサンド、どら焼き
原材料:不明
間:安納芋のモンブラン
夜:かつくら
かつくらのソースは、余計な添加物が入っていないので賞味期限が短い。
ドレッシングはノンオイルで醸造酒は全く使わず天然果汁のみ。

今日かなり怪しかったのは、四次元ポケットサンドと安納芋のモンブラン。