今日は朝からすごかった。仕事されている三人の時間がずれていて、音がとても美しく感じた。最近音楽を聞いてなかったのはこの音を大切にしたいからで、特にキッチンは美しい。朝のキッチンには、ピザトーストの焼きあがるトーストの音もかじった時のサクッという音もコーヒーを入れる音もフライパンとフライ返しが当たる音もある。生活のすべてに音は大きい小さいはあるが存在していて、現代でもそれらは見なければそれらはすごく美しい。目をつむることで朝のすこし肌寒い空気を感じ、コーヒーの香りを感じ、音を感じる。目をつむることで。
今の世の中では視覚からくる情報が大半をしめていて、かつ今の時代世の中には見てしまうとげんなりするものがとても多い。本当に美しいものに溢れていたい。
その後、チャーミング炒飯の2人にシャツを貸すために表参道へ行く。オーディションらしい。
そして、OMOTESANDO COFFEEへ。広尾の都立中央図書館に行こうとするも鳥越とりさんと合流しfound MUJIへ。お茶しながらとりさんとの「芸術とは何か?」という討論が盛り上がりすぎ結局都立中央図書館行けず。もっと具体的にして常に動いていないとダメだな、なにを言っても漠然としてるし説得力がない。まあ、今は何を言われようがしたかないや。
今日の朝、ぼくはあの部屋の火の鳥のような存在であった。部屋はプロダクトが溢れている。見えないということは美しい。