2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2011.11.21

Translate

2011.11.21

起きたらお昼でもちろん誰もいなかった。仕事かー。
持ってきてた納豆と玄米を食べて、炊く用の玄米洗う。
今回は、バッグに圧力鍋を持ち運んでいる。玄米とひよこ豆と圧力鍋と水と塩さえあればなんら問題ないような気がしている。問題は火とザルだな。やっぱり玄米いいよ。
で、出遅れましたが早稲田大へ。想像とは違う。授業に出ようと教室を探している時に、こんなことしてたらダメだ、もっと緻密に具体的に考えなきゃダメだと思い即刻大学を出る。
で、自分は50年後どうありたくてどういう世の中にしたいのかということから今日やるべきことを逆算。
結局、昨日の嵐さんの話になるんだけれど、モノの先が見えたり想像できるようになればモノを無駄買いしなくなり消費しなくなる。
例えば、「コンビニで弁当を買うこと」について。
そのコンビニ弁当にはph調整剤、添加物、香料、着色料、保存料だとかが入っていてそれらを摂取すると自分の身体がどうなるのか。
だとか、
コンビニには一日何台のトラックが来ていてそのトラックがどれだけのCO2を排出しているのか。そのCO2は地球温暖化を進めているのか。また、24時間営業でどれだけの消費電力があってそのせいで原発を作っているのではないか。
だとか。
おおまかにはこういうことだけれど世の中そんなにシンプルではなくてマクロビの一物全体主義のようにすべては繋がっていてこれ緻密に具体的にしなきゃいけない。