2100年の生活学 by JUN IWASAKI

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2026.3.30

朝、ホテルから歩いて15分くらいのところにあるMonmouth Coffee Companyでコーヒーを飲み、London Review Bookshopに行くも棚卸しで閉まっていた。隣にあったステーショナリーショップPresent & Correctに立ち寄る。日本のプロダクトがとにかく多く、それらは自分が作ったものでも自分が同じように好んでいるものでもなくとも、文化背景や言語の違う他の誰かが好んでいることをみてとても誇らしい気持ちになった。その後、もう一件ステーショナリーショップChoosing Keepingへ行く。こちらはPresent & Correctとは違って随分古風なキュレーションだった。が、そのキュレーションをみて、紙とはなんぞやという問いを与えられているような気持ちになった。気づかないうちに、緩やかに、時間の経過とともに確実にぼく自身の世界は狭い方向に歩を進め、ポリッシュされているのではないか、自分は多くのものを失っているのではないか、と。多様なお店のスタイルと客層が受け入れられるべきであるし、好みや、個人史の中での現在地など、さまざまな理由でそのお店の形で存在しているが、Present & Correctに比べるとChoosing Keepingには、どこか今人々が失い始めている難解でー時に強引なーキュレーションというのを見せつけられたような気がした。整頓された中に宿る美と、カオスの中にのみ存在できる美。いまだに言語化されることのないその美は、訪れた人間に確実にまとわりき、その後の日常に小さな種を蒔くだろう。文房具屋さんに行くといつも、フィジカルでなくなっていく世の中で、どうやって生計を立てているのかと不思議な気持ちになったりするのだが、誰かが人が目を向けないもの、もしくは目を向けなくなってきたものに愛情と熱を絶やさない限り、社会はストレッチしその柔軟さを保ち続けるだろうし、人々はその柔軟さによって、他者を理解する余地を保ち続け、自らを昇華させることができる。決してそれがもしお金儲けとしてはそれほど魅力的ではないとしても、静かにかもしれないが確かに社会に豊かな柔軟性と人間のための社会を保ち続けているのだろう。
午後、Serpentine Galleryでデイビッド・ホックニーの展覧会。ぼくの目から見ても明らかにだらしない姿のフットボール観戦に来ただろう日本人を散見し、少し悲しくなった。旅の恥はかき捨てではないということを自分にも戒める。夜は、ToklasPre-Theatre ディナー。何度行っても良いお店だ。お店はどうやって訪れたか、誰と行ったか、どうやって知ったか、ということがとても重要であるということもある。そう考えると、ネットで知ったお店やgoogle mapで知ったお店に訪れるという現代的な行為は、これまでの人間が人生において豊かだと思っていた物語を失っているとも言えるだろう。ホテルまで歩いて帰る。今日はそれほど寒くなかったが、ずっとトイレに行きたかった。

2026.3.29

朝、ステラをシッターに預けに行き、ロッテルダムからユーロスターに乗ってロンドンへ。ロンドン到着後、St. Pancras stationの近くのインド料理屋でランチをし、ホテルにチェックイン。荷物を置いてとにかく街を歩いた。イタリアでは、一日3万歩歩いたのだから、ロンドンも問題ないはずだ。それにロンドンは広いし、場所によってはバスに乗っても歩いても対して変わらない場所もある。Floraに会いに、Studio Nocturneに行くが、不在だった。旦那さんのサプライズでイタリア旅行に行くことになったと連絡があった。この前も誰だったか、突然サプライズ旅行を予定していたというのを聞いて、みんなサプライズ旅行を計画していることに飛行機に対する意識の違いが顕著だと思った。海外への飛行機旅行なんて大層に感じるが、それは世代なのだろうか。もしくは島国で育ったからだろうか。イギリスも同じように島国である。Studio Nocturneに行けなかったので、仕方なく近くにあったパブDe Beauvoir Armsで一服。夜、佐季子さんにHolland Park近くのレストランSix Portland Roadに連れて行ってもらった。日曜日の夜に、近くで心地よい時間を過ごす大人たち。帰り、レストランを出たら、底冷えするほどの寒さで、Wembley Stadiumでのフットボール観戦が心配になった。2時間も屋外に座っていられるだろうか。フットボール観戦はきちんとした服を着ていたい。そういえば、ぼくも聖子ちゃんと付き合う前にサプライズでメルボルン行きの片道チケットを渡したことがあった。彼らに比べるとぼくの方がサプライズ旅行に関しては古参である。

2026.3.28

 今月は遠出が多く、出費が多い。年明けの大出費に加えて、未来の活動のためにも節約しているので、今夜はお米を炊いて玉ねぎとクレソンの味噌汁。節約なのかはわからないけれど、とにかく家にあるものを食べる。明日から家にいないから、でもある。夕方Brunoから作品が売れたと連絡があった。全く知らないところで誰かが作品を手に取ってくれているのはとても嬉しい。そんな機会を与えてくれることも、紹介してくれることも、誰もができることではないので、どのように恩返しすればいいのかといつも考えているが、それでもお返ししようと思うといつでもさらに何かを与えてくれる。ぼくはたくさんの人に支えられてなんとか立っているのだなとつくづく思う。ちょっと個人的な視点にはなるし、サポートしてくれている人の感情を無視するような意見ではあるが、こうやって困窮している時に限って、予期せぬ嬉しいお知らせが来る。それは家賃を支払うために1万円足りず途方にくれてトボトボと道を歩いていたら1万円が落ちていた、というような嘘のような本当の話に構成はよく似ている。ぼくの場合は、人の力によってお金が生まれていて、後者は神のような目に見えない力によるもの、なのでその点が大きく違うところではあるが、、、、と書いてみたがやっぱり同じ構成であるというのは、無理があるかもしれない。似て非なるものか。
スコットランド代表vs日本代表を観戦。オランダも寒いが、スコットランドも寒そうだった。ウェンブリーも寒そうなので、ダウンを持っていこうか。しかし、ダウンを着てフットボール観戦なんて気が抜けすぎじゃないだろうか。

2026.3.27

 ルキノ・ビスコンティ『Death in Venice』を鑑賞。聖子ちゃんは、自己陶酔が強すぎてあまり好きじゃないと言っていたが、ぼくは鑑賞後にとてもいい気持ちだった。おそらくぼく自身の中にある自分なりの美を追及したいというな気持ちとか、ある種ぼくの中にも確実に存在するナルシズムのようなものが、ルキノ・ビスコンティが描きたかったもの、もしくはトマス・マンが描きたかったものに引っかかったのかもしれない。映画を鑑賞した後に使える読後感と同じような意味を持つ言葉はあるのだろうか。観後感、とか。何より、個人的にとても自分の制作の参考になるというか刺激を受けたのが、この映画が一つの物語という形ではあるものの、その物語が出来事を説明するような構成を微力に持ちながらもほとんど映画(もしくは監督に)に不要とされており、映画(もしくは監督)は、登場人物の感情の動きとそれ自体が纏う間()を語るためだけに出来事を存在させているような印象を与えたところである。一見、物語中心の映画と構造は全く同じであるが、それを外す感覚がとても巧妙に出来ている。物語観ようとする鑑賞者を裏切るように出てくる夢や回想シーンや、美の哲学を語るモノローグのシーンなどが物語を進めることあるいは物語を観ようとする鑑賞者を裏切るような構造になっている気がした。ぼくは、モノローグのある映画がとても好きなので、なんとなく頭の片隅に、ぼくが映画を撮るならモノローグをやろうと思っている。それからぼくは、ミドルエイジクライシスというか、少し歳を取った男性が現実日常から逃れたいが、八方塞がりになった、その状態での心の揺らぎを捉えたような映画が好きだ。『Death in Venice』もある意味ではその構造を持っているようだし、クロード・ソーテ監督『Les choses de la vie(すぎさりし日の…)』、フラシスコ・フォード・コッポラ『The Conversation』、ウディ・アレン『Annie Hall』、ソフィア・コッポラ『Lost In Translation』だってそうとも言えるかもしれない。ぼくは、好きな映画を挙げてくれと言われると何を言おうおかとよく考えているが、なかなか一つとは言えない。「もし好きな映画は何?って誰かに聞かれたら何て答えるの?」と聖子ちゃんに話してみたら「私はKiki's Delivery Serviceかな」と言っていた。

2026.3.26

朝は、音量を下げるのではなく、隣の部屋から聴こえるようにラジオを聴きたいと思っているので、スピーカーは自分のいる部屋の隣の部屋に置く。音が漏れているのが好きだ。
人に何か心打つものや、刺激や新しい視座を与えたいと思っている人が、誰かが良いと言ったものを当たり前のように良いと感じ、自分の力で自分の視点で何か良いものを見つけようとしないということは許されるべきではない。アーティストとか関係なく、全ての人間は自分自身の美意識を持ち、もしくは自分自身の美意識を求め探究すべきだろう。そして、自分の美意識を持ってそれが正当であることを許容する社会を作らなければならない。異文化やを排除するべきではない。自分と異なった美意識を受け入れることが社会のしなやかさを生み出すだろう。今月末にWembley Stadiumへイングランド代表vs日本代表を観に行く。Wembleyでフットボールを観れるなんて思ってもなかった。とても楽しみだ。
そういえば、気付けばお腹の痛みは消えていた。歩きすぎだったのだろうか。

2025.3.25

旅をすること、新鮮な気持ちで思考を巡らせること、真新しい目で日常に帰ること、料理をして人を家に招いてそれらを共有すること。21世紀にぼくたち人間が出来ることはそんなことではないか。それから、たくさんの思っても観なかった失敗や、恥をかくこと、内省、許し、とか。人間に本当に何ができるのだろうか。戦争なんてするべきではない。ましてや人間不在のドローン同士の戦争など、出口はどこにあるのだろうか。
久しぶりにステラと散歩したが、滞在先がとても楽しかったのか、無法状態である。日々の小さな積み重ねなんてものは1週間もすれば忘れてしまうのだ。右へ左へ気が向くままに進み、突然何かを見つけ走り出す。野生の勘がこれほどに鈍らない動物というものに憧れると同様に、彼女が犬でよかったなとも思えた。ステラと歩くのは楽しいが、時々彼女がリードに繋がれたままであることと、ぼくも同様に彼女を離さないようにリードを掴んでいる、それはぼくがリードに繋がれている状態とも言えるが、この一本の紐を離せば、ぼくたちはお互いに違う方向へ行ってしまうだろう。お互いに自由を見つけるだろう、そして多くのストレスから解放されるだろう。しかし、長い時間の流れの中でしか感じ取ることのできない大きな愛を失うことになる。苦難や苦悩というのは、人の人生に深みを与えるのだろうか。もしくは、ただ単純に苦難は苦難で、苦悩は苦悩なのだろうか。ぼくが今そう信じたいのは、苦難や苦悩の中でしか感じることのできない確かなものが確実に存在し、その暗い部屋の隙間から漏れるような弱々しい光を掴もうとする試みだけが与えてくれるものが存在するということである。
イタリア滞在中に歩き過ぎたのか、イタリアの途中からずっとお腹が痛い。日本にいる時にも頻繁に起きていた左肋骨の裏側の痛み。肩や腰まで痛いので、姿勢の悪さからくるものだと思うが、食事をしても痛む。ストレッチと姿勢の意識。

2026.3.24

 海のある田舎町に戻った。この1週間空は青かったが、朝起きて寝室のカーテンを開けても空はどんよりとしたグレーだった。むしろどんよりすらもしていない当たり前の顔をしたグレーだった。
ぼくの家のリビングには天井までの大きな窓があるのだが、そこにはカーテンレールもないし、それほどカーテンも好きではないので、何もつけていない。それにそれほど日差しが強く差し込むこともない。それでも今朝はカーテンをつけた方がいいのだろうかと思った。それは、具体的に何かを遮るものとしてのカーテンであり、隠すものとしてではない。こちらに何があるのか、ではなく、あちらがわにはただ光があることだけが重要な気がした。昼食前に聖子ちゃんと二人で家のあたりをふらふらと歩いた。頭上に広がるグレーに加えて、体が縮こまるような寒さだった。ここは本当に人が住む場所なのだろうか。人々はこの土地に生まれたことで、ここを故郷と言い訳をしているのだろうか。自身の身体からの言葉ではなく、思考によって作り上げた言葉にしがみついて生きているのだろうか。ぼくは、学校も仕事も、何の当てもなく、移住先としてこの海のある田舎町を選んだわけだが、ぼくの野生の勘がずいぶん鈍っているということだろう。「豊かであること」を美徳とした時代と国、そして家族に生まれたことが今ぼくがこの海のある田舎町で苦悩している理由だろうか。そこに当たり前に山があり、太陽があり、海があった。厳しさの中でも、道徳や流儀を好み、基本的なものをさらに美しくするために目の肥えた意欲的な人間が創意工夫したものや哲学を持って作られたもののある国で育った。 そんなものがなければ、今ぼくはこんなに苦悩することもなかったのだろうか。未来は、ますます苦しくなるのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、隣に昨日までと全く違う物憂いげな表情があった。「元気ないね」というと、「昨日までは朝からきちんと髪を整えて、シャツを着ていたのに、今日は朝からフーディを着ている」と言われた。