昨日、みんなにCairo Apartmentの本の説明をしていて、単純なことを話しすぎていると思った。張りがないのは自分のせいなのではないか。昨晩、終電が遅延しDen Haag Central駅から歩いて帰る最中に、cairo Apartmentの本とは一体なんなのか、と考えていた。
家で、叔父にもらった一保堂の黒い急須を使っている。いつもそれを使っていると、形状やサイズ、簡易さなど細かい部分にちょうど良さを感じる。お茶屋が作る毎日お茶を飲むための急須である。ニュージーランドの友人Carterが美味しいサワードを作っていた。彼女は、美味しいパンが作れるからそれに合ったオリーブオイルやアボカド、卵、バターなどを自身のお店で売っていた。クロワッサンやバゲットや他のパンを作るわけではないのだが、自分の作れる美味しいパンを食べてもらうために、その美味しいパンを食べるための提案をする。結局のところぼくが本当に憧れる本作り、Cairo Apartmentを通じて行いたい本作りというのは結局のところお茶屋が作る急須やCarterがやっていたWere Brosみたいなものだろう。お茶自体がアーティストの作品で、それをどのように淹れるかは、自由であるし、煮ても、煎じても、別にどんな方法でもその茶葉自体が美味しければそこそこにおいしく飲める。しかし、どのように淹れるかによって味も大きく変わる。Cairo Apartmentはそれである。アーティストの味をぼくたちが思う一番美味しい方法で提案する。
昨日のThe Dylan、今お茶がブームだと言っても洋風のポットでお茶を淹れている。それが決して悪いということではないが、人々が細やかに配慮し研究してきたものが大きく欠落しているように思えた。そして、それらは決して誰かに何を言われることもなく当たり前に社会に存在していくのだろう。本来、お茶であれば、茶葉によって温度が違ったり、そのお茶にあった急須やポットがあり、形状もある。その上に趣味嗜好が積み上げられてくる。それがぼくが本当にCairo Apartmentでやりたい本作りである。
そんなことを、遅延して25時前に到着した終電を降りて家まで歩く40分ほどの間に考えていた。
家で、叔父にもらった一保堂の黒い急須を使っている。いつもそれを使っていると、形状やサイズ、簡易さなど細かい部分にちょうど良さを感じる。お茶屋が作る毎日お茶を飲むための急須である。ニュージーランドの友人Carterが美味しいサワードを作っていた。彼女は、美味しいパンが作れるからそれに合ったオリーブオイルやアボカド、卵、バターなどを自身のお店で売っていた。クロワッサンやバゲットや他のパンを作るわけではないのだが、自分の作れる美味しいパンを食べてもらうために、その美味しいパンを食べるための提案をする。結局のところぼくが本当に憧れる本作り、Cairo Apartmentを通じて行いたい本作りというのは結局のところお茶屋が作る急須やCarterがやっていたWere Brosみたいなものだろう。お茶自体がアーティストの作品で、それをどのように淹れるかは、自由であるし、煮ても、煎じても、別にどんな方法でもその茶葉自体が美味しければそこそこにおいしく飲める。しかし、どのように淹れるかによって味も大きく変わる。Cairo Apartmentはそれである。アーティストの味をぼくたちが思う一番美味しい方法で提案する。
昨日のThe Dylan、今お茶がブームだと言っても洋風のポットでお茶を淹れている。それが決して悪いということではないが、人々が細やかに配慮し研究してきたものが大きく欠落しているように思えた。そして、それらは決して誰かに何を言われることもなく当たり前に社会に存在していくのだろう。本来、お茶であれば、茶葉によって温度が違ったり、そのお茶にあった急須やポットがあり、形状もある。その上に趣味嗜好が積み上げられてくる。それがぼくが本当にCairo Apartmentでやりたい本作りである。
そんなことを、遅延して25時前に到着した終電を降りて家まで歩く40分ほどの間に考えていた。