2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.2.8

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2026.2.8

ルーティンとしての日記を書く行為は、自分と社会の接点を保っていたのだが、それが今静かに、しかし音を立てて、実際的に崩れ落ちている。
その代わりであるかのように立ち上がってきたのは、毎日の映画鑑賞や週末のフットボール観戦であるが、それは直接的な形では社会との接点を持たず、不思議なまでにその辺をウロウロとしているだけなのである。