李禹煥のインタビューを読んでいると、見えるものと見えないものについて話していて、自分が言語化出来ていない部分を手助けしてくれたような気がした。何を話していたかはここでは書くことを避けるが、ふとぼく自身について考えたときには、「見えてはいるけれども、見えていないものについて」の作品を作っていて、そして「見せる機会を作っているのに、見に来てくれた方々には簡単に見せない」というような入れ子式の作品を作っているのだなと思った。今seikatsuで展示しているI MURI IN ITALIAのシリーズもまさにその入れ子式である。見えている壁と壁にある見えていないもの、鑑賞者に見せるためにギャラリーというスペースで展示をしているのに、鑑賞者は来たとしても壁だけしか見ることができない。