朝から、血液検査に行く。去年11月にも血液検査に来たのだが、その時は血液を紛失され、なんの結果ももらえなかった。その後、日本に行く予定で再検査に行けず、年末年始で忙しく、あれから2ヶ月経った。特に何もないといいけれど、あまりにも生命力のない日々を過ごしているので、自分の感覚的な判断とはまた別の側面から自分の人生において何かが正しく活動しているということを認めてもらいたいと思っている。感覚を大切にしてきたが、その感覚なんてものは曖昧なのでいとも簡単に狂ってしまうし、感覚が依存していただろう軸をもすぐに失う。自分の感覚よりも、体重とか体温とか、筋肉量とか、自分の身体を数値化したり、身の回りに持つ持ち物とか着ているものとか、住んでいる場所とか、そんな実体のあるものに依存して自分の感覚を自分の感覚で捉えられないところに宿らせるのもある意味では健康なのだと感じている。これまでの人生において、ぼくはそれを不健康だと思って生きてきた節がある。