2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.1.1

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2026.1.1

新年あけましておめでとうございます。本年も皆様にとって良い年になりますように。
正月早々から体調が優れず微熱がある。そんなせいで、生産性もなければ、一年の最初に今年の展望や抱負を考えるようなこともできない。今年の抱負くらいは抱えないことには、フレッシュな一年を迎えることも出来ずに、この海のある田舎町で少しずつ死に向かっているだけのような生活を続けることになる。自分を含め人類、生き物全てははいずれくる死に向かって前に向かっているのだが、その死に抗うように活動をしている。自分で人生に目標をつけ、それを目掛けて進んでいくということがどれだけ大切かにこの海のある田舎町にいると実感させられる。
親に新年の挨拶を兼ねて電話をする。開口一番、父親が「どうしたん?」とは照れ隠しか、無意識に口から出たものだったのだろうが、なんとなく不思議な気持ちになった。ぼくは父との電話に小さいながらにトラウマがあるので、誰かから電話がかかってくると少々心臓が痛くなるような感じもあり、ぼく自身も自分からあまり電話はしたくないのだが、正月くらいは話そうということで電話をした。確かにぼくが正月だろうと突然電話をしてきたら「どうしたん?」という気持ちになるかもしれない。親に「来年のお正月は日本で過ごしたいと思ってる」というと、「もっと儲けなあかんな、帰国するのもお金かかるし」と言われた。自分が全く稼げていないことを、何を言わずとも見透かしている。おばあちゃんは相変わらず、元気そうであるが、このように友人のいない街に住んでいると、感情表現の豊かな人がどうも無理しているのではないかと心配になってしまった。おばあちゃんは会うたびにいつだって「元気」と言っているし、それはきっと事実だろう。なんとなく家族と電話をして、的確なことを指摘されたからかどんどん体調が悪くなり、昼に聖子ちゃんと鯛の塩焼きを食べてから、寝込んだ。