2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2025.12.28

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2025.12.28

 朝から大掃除を始める。今日は天気がいい。やはり大掃除は天気がいい日にするに限る。とろろそばを食べ、昼下がりに海にいく。ビーチに新しくできたレストランhitoへ。DJブースがあるので、日が長くなればここに踊りに来るのが待ち遠しい。ぼくはビーチで踊るのがとても好きだ、世界はとても自由だと感じられるし、何よりも2012年に4ヶ月という短い間だったが住んでいたバイロンベイの日々を思い出す。あの日、マヤ文明の世界最後の日を生き延びたと叫びながら全裸で踊っていた人たちは今まだあの頃と同じように音に身体を揺さぶられているのだろうか。彼らもぼくと同様に10年分歳を取っている。今日は、青空の広がる2025年最後の日だというので、大掃除を途中で切り上げて夕日を見に行ったので、キッチンのシンクにオーブンの板をおいたままにしていた。それで聖子ちゃんが夕飯の支度中に指を切ったそうだ。
「大丈夫か?」と尋ねたが、彼女はこちらに目もくれずに「大丈夫」とだけいい、絆創膏を貼っていた。背中をみたり、動きから放たれる音を聞いただけでだいたいの感情がすぐにわかるが、明らかに怒っていた。ぼくも少し大掃除が難航していることもあったのかイライラしていたこともあり、「なんだ」と問いかけたところ、「大掃除だからと、棚からどこから全部出して全部片付けるのやめて、やる分だけ出してよ」と彼女は指を押さえながら声を荒げた。ぼくは大掃除は、箱をひっくり返したように全て出して順番に片付けていきたい。「料理だってそう、いつも野菜をテーブルの上に並べないと始められない。気分を盛り上げながら何かをするのは自由だけど、使う分だけ順番に出して」気持ちを盛り上げたいわけではないが、そんな側面も言われたらあるような気がする。納得いかないので、料理も食べずに寝室に普段は持ち込まないパソコンを持ち込み、イヤホンをして映画を観た。なんでこんなタイミングで観たかはわからないが、Francois Truffaut監督『逃げ去る恋』を鑑賞。回想シーンを継ぎはぎする映画だが、ぼくにもいくつかの自分の人生において継ぎはぎするべきシーンが走馬灯のように頭を駆け回った。その後、結局映画を3本観て寝たのが、多分27時前だった。怒っているのかはもうすでにわからなかったが、ジャンピエールレオーのせいで、大きな自己嫌悪に陥り、自分の人生の落とし穴にはまったような気分になったので、そのままソファでふて寝をした。