2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2024.9.12

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2024.9.12

さて、全てのものが少しずつ自分の感覚から離れて行っているような感覚があるという話だが、身の回りのものや自分自身の身なりだけの問題ではなく、自分が認識している友人関係もそうだろう、オンラインで気が向いたままに気が向いだときに話すだけのぼくがその友人との関係を正しく理解できているのだろうかとふと思う。顔を見たら話さなくてもいいと思うほどのことはよく経験するが、結局自分と他者との関係においては顔を見ることによってずれ始める感覚を正常値に戻すことができるのだろう。
こんな遠く離れたビーチのある街に住んでいると、自分のもつ感覚が鈍ることを多く懸念しなければならなが、自分と他者の人間関係において特に注意しなければならない。特に、12年前に初めて海外に移住した頃よりも格段にオンラインが発達した、いやオンラインの技術が大きく発展したわけではなく、それ以上に人々のオンラインの捉え方と使い方が発達した現代では、オンラインだけで完結させてしまおうという怠惰さえ生まれる。ぼく自身、土地を言い訳に都合よくオンラインで誤魔化している気がしてきた。それでも気にかけてくれたり向き合ってくれる友人がいるということは、その友人たちだけでも自分は信頼して大切にしなければいけないのだ。オンラインでも人間の気配りなどは存在する。