2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.12.30

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2022.12.30

 聖子ちゃんとステラと実家のぼくの部屋で寝覚める。みんな今日は大掃除をしているので、ぼくも部屋の整理と掃除。結局、実家に帰るといつもこうなる。掃除をしに家に帰っているようなものだ。
昼過ぎ、一服を兼ねて平城宮跡へ、ステラとエルを連れて行く。エルというのはうちの実家の犬で、半年前に父親が飼い始めたブリタニー・スパニエル。ステラと仲良くできそうで嬉しい。
ある時期を境に、父親がどんどんと地方のヤンキー化していくような気がするが、それは何が影響しているのだろうか。他の大人たちもそうなのだろうか。それは、年齢や地域性が影響しているのか。社会の流れだろうか。「ヤンキー化」というのはもしかすると、言葉を変えると、「土着化」かもしれないので、一概にはネガティブだとも言えない。「ヤンキー化」という言葉がネガディブな意味を持ってしまっているが、我慢とか品格の維持みたいなものが父が捨てたものな気がする。それにyoutubeの発展により、安い言動や思考の煽りを受けているように思う。それは無料でみれるから、これからもたくさんの人間に影響を与えるだろう。村上春樹がSNSをみない理由として、そもそも言葉や編集が下手なのでみたくないという話をしていたが、とても納得できる。これについてはまたしっかり考えて書いてみたいと思っている。ぼくのこの文章だって、決して上手ではない。ただ、文章的に上手ではないものでもしっかりと心と熱意と意思があれば、それはパンクのように何か感じ取れるものがあるのではないだろうか。話はずれたが、ぼくは、ここで父のネガディブなことを言いたいわけではないので、さっきもいったがもう一度同じことを念押しするように書いておく。人間の「ヤンキー化」は、決してネガティブな意味だけではないところでもある。「土着化」もしくは、社会現象かもしれない。ぼくが一番最初にチョイスした「ヤンキー化」という言葉がよくない。