2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2022.8.27

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2022.8.27

大江健三郎『The Silent Cry』読み進める。読んでいると、祖父の代から脈々と続く村のルール、開拓し作り上げてきたものを継承するということ、その場所でフットボールをすること、
それが、なんだか農業のようで、福島原発事故ともつながる様に感じる。農家は、野菜を作っているが、同時に畑を作ってきているのである。作るのには何十年もの時間を要する。それは一代で完成するようなものではなく、何代もの手を渡り今の当たり前の畑がある。それが、放射能被害によって一瞬でなくなってしまうということによって生まれる感情をぼくたちは理解することができるのだろうか。
そこにあるものは、その瞬間に出来上がったものではなく、誰かの汗と日々の積み重ねによって成り立っている。それを我が物顔で土足でヅカヅカと入り、平気な顔で居座る。そんな態度がぼくは許せない。それは、会社などでも同じように存在する。変化を求めると同時に、耕してきた土壌を守り繋いでいくということ。
犬との生活も同じだなと感じることがある、関係を築くためには多くの時間と忍耐が必要であるが、関係を崩すのは一瞬のある出来事である。人間関係も同じか。
ぼくは、新しい変化に挑戦しながらも、耕してきた土壌とそこにある人々なり物事の感情を汲み取り理解し、その両方の狭間で、葛藤を抱えながら優しく生きている人を尊敬している。