村上春樹、村上龍『ウォーク・ドント・ラン 村上龍VS村上春樹』を読み始める。村上春樹氏31歳、村上龍氏28歳の頃の対談なので今のぼくとも割と年が近い。村上龍氏にはあまり思い入れがないので、なんとも言えないのだが、村上春樹視点で読んでいるとどうも今のぼくの感覚とも近いものがあって、なんだか友人の話を聞いているような感覚にもなる。同時に、「9時半まで寝て、仕事に行って」とかって書いてあるとやっぱり真面目に仕事をしていたんだなということも伺えるし、なんで短編の集まりのような小説が多いのかというのも彼の生活スタイルから出てきたものだということもわかるし、言葉を使う人間であることへの覚悟みたいなものを日本語の小説をほとんど読まずに英語で読んで英語で文章を書いていたということからも伝わるし、ぼくがなんで村上春樹氏にこれまで惹かれるかというのは、ある種の確固たる個人の態度ゆえなのだろうと再確認した。自分の世代の存在価値の危惧があるし、それは同世代への乗り切れなさみたいなものから来ているようだけれど、それでもこうするべきだということをはっきりと主張し、同調しない強い意識を文章からも感じる。
常に反政府的な態度が文章の中にははっきりと読んで取れるし、あくまで個人であるということを感じさせられるのだ。ふわっと都会的でおしゃれな中産階級に好かれる文章の中には、彼が実体験の中で感じる危惧をしっかりと受け取ることができる。イスラエルの「壁と卵」のスピーチであることが彼の中には一貫して感じ取れるので、ぼくたちは惹かれるのだろう。この対談を読んでいてもそう思う。
常に反政府的な態度が文章の中にははっきりと読んで取れるし、あくまで個人であるということを感じさせられるのだ。ふわっと都会的でおしゃれな中産階級に好かれる文章の中には、彼が実体験の中で感じる危惧をしっかりと受け取ることができる。イスラエルの「壁と卵」のスピーチであることが彼の中には一貫して感じ取れるので、ぼくたちは惹かれるのだろう。この対談を読んでいてもそう思う。
夜は、吉岡が家に来て夕飯を食べる。
ローストビーフを作ってきてくれる。聖子ちゃんは付け合わせにローストポテトと、ほうれん草にくるみソースを和えたもの、グリーンサラダを作る。ぼくは、プチメックでパン・オ・ルヴァンを買って帰る、食後のアフォガートを作る。家が広くなったので、来客を迎えるのが楽しくなった。
野球の話になったけれど、中学の頃は中日ドラゴンズがジャイアンツをやっつけるみたいなのがとても嬉しかった。中日も実際強かったし、優勝していた。リーガを見ていてもヴァレンシアとかデポルティボ・ラコルーニャとかがマドリーとかバルセロナに勝つのが痛快だった。今だって、弱いヤクルトスワローズがジャイアンツに勝つのが痛快だったこともあり、応援していたのだけれど、気付けば優勝するくらいになった。別に常に何のファンということはない、地元のクラブがあるのはいいなとパリに住んでいる頃から感じていて、東京で生活を始めてヤクルトスワローズの球場に通うようになった。やっぱり常に弱い方の立場になるのが好きで、強いものとかお金で何かを解決しようとしているものをお金ではない何か違う方法で打ち負かすというのを好むのだ。剛速球でもないし、驚くような変化球や制球力もない、だけれど驚くほどの集中力で抑えるそんな投手をイメージしている。何も特徴がないのにオーラがあるような、そこには権力に決して屈しない態度とか、そういうものがある気がする。
労働者的なものがお金や権力に勝るという構造が好きなのだ。と村上春樹氏の対談を読んで、吉岡と話していて改めて感じた。