2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2021.5.21

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2021.5.21

 文字を読みながら、イメージとしとみるという経験を人類学者のハワードモーフィは、それを「感覚を通じた知的理解」といった。
カリグラフィなども同時に意味をイメージとして読み解くものとしてある。
街中に氾濫する言葉を超えたイメージとしての英語
意味は理解せずともそれの持つイメージ、美的感覚だけを頼りにしている。
もうこの時点で文字は言語の持つ意味を超えて様々な価値観で語られるようになる。
言葉が言葉の意味として読まれること以上に、言葉が言葉本来の持つ意味を超えた意味を持っている。読むための言葉ではなくて、視覚として認知するための言葉。
書き言葉よりも読み言葉における歴史は長く、読むという自発的な行為よりも、読み聞かせるという受動的な行為の方が圧倒的に長い歴史を持っている。
なるほど。