2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2021.5.20

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2021.5.20

朝から色々なミッションを終えた一日。
Josh Safdie「The pleasure of being robbed」をMubiで鑑賞。
だいたい聖子ちゃんがおすすめしてくれるものはぼくには刺激的である。ぼくは誰かにとって一つの刺激になれているのだろうか。
細かいディテールに日本ではない欧米での生活観が随所に見られ、人間が都市に生きているという感覚が見られた。パリの時もメルボルンの時もこの映画で出てくる人間のための街がそこにはあったし、お店で働く人、警察官らが彼らの任務を遂行すると同時に一人間であることを忘れずにいるようだった。
一房ずつしか販売していないグレープを一掴みで欲しいといえば販売し、警察に手錠をはめられても動物園で少しだけ動物を見たいといえば10分だけ見せてくれる。
彼らの仕事においては、きっとそれは許されるべきではない行為だけれど、「人間」という生き物の価値観においては、気が利いていて、素晴らしい行為であるように思えた。
今の東京は本当に人間が生している都市なのだろうか。そんなことをいうぼくはではなぜ東京に生活の拠点を置いているのだろうか。