2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2020.3.3

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2020.3.3

朝、buikに行き、コーヒーとトーストを食らう。隣の席でモエちゃんがパピエラボの人たちとブレックファーストをしていたようで「ジュンさんおはようございます」と突然声をかけられる。その後、 パピエラボチームが帰ったので、彼女はぼくの前に座り少し話す。POSTの風子さんと仲良くなったことを聞く。カナさんと話し、お客様たちに挨拶をし、buikを自分の庭のように楽しんでいる彼女が羨ましい。久しぶりにあんな風に知人ばかりの場所にいる人をみた。11時からDSM。ちょうど風子さんが出勤されたので話す。なんだかこういうタイミングの日は面白い。なぜこのような奇妙な出来事が起きるんだろうか。
Dean Edmomdがぼくが購入したスツールを持ってDSMへ来店。感じのいいお兄ちゃんだった。夜は、同志社香里の同級生、三木と野上と呑気屋まるこへ。散々、野上のくだらない福岡話やら近況を聞かされ何周もして笑いが止まらなくなる。三木も三木で芸人的思考なので、どうもその場の出来事に深く面白さを追求しようとしてそれがまた笑えて仕方ないのである。誕生日の前はいつもどんどん気分が上がってどうしようも手がつけられなくなるのであるが、今年はそれほどテンションが上がらないのだ。ただただ、リズムは悪くはない。人に会えている。ぼくは人と会っているときはリズムがいいんだと聖子ちゃんに言われる。確かにそうかもしれない。そういう意味では、東京はぼくのスタイルにはあまり合っていない。街のサイズや人の動きが自分の生活リズムと合わない。なのにここに住んでいる。それはなぜだろうか。きっと、刺激的なのである。京都に帰ったり、他府県に行くとなんだか暗く感じてしまう。もちろん、関西に帰ると人々はよく喋る。