連休二日目。新しい年が始まるという意味を込めて部屋の掃除。不要物処分する。洋服も捨てる。たくさん着たと思う。感謝の気持ちを伝える。昼は、吉岡とアンナちゃんと再来軒へ行き、塩ラーメンを食らう。家に帰ると聖子ちゃんからの手紙が届いていた。縮小された3枚の本のスキャンされたページが貼られていたのであるが、ヘンリーミラーと友人のイラストレーターの会話らしい。誕生日に一緒に過ごせないのは悲しいが、それでもこうやって素敵なことをしてくれるのが聖子ちゃんである。なんでぼくが聖子ちゃんのことを彼女にしているのかがよくわかる手紙だった。自分にないものをたくさん持っているのだ。いつもその感性に憧れを持ってしまう。想像できる範囲ですごいなと思う人もいれば、全く想像できない感性を素敵だと思わせる人もいる。彼女は後者で、ぼくにとっては特殊な存在である。その小さな文字を読みながら、天気がいいのでそのまま寝てしまう。寝てしまい、吉岡とアンナちゃんと再会する予定が行けず。むすびガーデンで食材を調達し、your daily coffeeで一服。グレイス・ペイリー『最後の瞬間のすごく大きな変化』読み進める。こんな天気の中アイスラテを飲んでいると、心地よい気分になった。メルボルンのカフェ(どこかはわからない、どこでもいいのかもしれない)で青空を見ながらコーヒーを飲んでいた頃を思い出した。言葉に出来ないが、音とか香りとか色とかが走馬灯のように思い出された。帰って、ココナッツウォーターを飲みながら、写真集の写真選び。夜は、クスクスと、ゆで卵と、インゲン、菜の花、ポテトを茹でたものをジェノベーゼと和える。良いものを少しずつ、量より質の食事。聖子ちゃんと電話をして、写真集の纏め方として、マクガフィン方式かグランドホテル方式を採用するのはどうかと提案される。前作「HEAR THE WIND SING」も色々なストーリーが入り混じり一人のライフを形成しているということを伝えたかったのであるが、(この作品は、2つのストーリーが重なり合う、支え合う形で1つのストーリーが存在している)グランドホテル方式に近いかもしれない。2つともに違うタイトルをつけて一冊の本に纏めてみた。音楽のA面、B面という印象。しかし、映画などもそうだが、複雑に重なり合うことで、お互いの作品が強調され、強く引き立つところが出てくる。自分がなぜそのシーンで写真を撮っているのか、ということを言葉にしなければならない。何を被写体に撮っているのかではなく、なぜその時に撮ったのか。その辺がもう少し明確になると、選別した写真をさらに削ることが出来そうである。