2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2020.1.2

Translate

2020.1.2

家の鍵を実家に置き忘れたので、佐々木の家で起床。今日からDSMセールスタートで、10時に出勤する。またいつもと変わらない日々が始まる。少し正月感はあるような気もする。
昼過ぎに、Jasper MorrisonがBIBLIOTHECAに来て、本を買ってくれた。20分くらいだろうか、話していると、自信が出たし、同時に何をしなきゃいけないかはっきりしたような気がした。気のいいおじさんという印象。友達のように話せたし、でも同時に自分も対等なんだという気持ちでいれた。話しながらすごく冷静な自分にも驚いた。一緒に仕事したいと思った。
きっと、Felixなら一緒に仕事も出来ただろう。未だに悶々としているのだけれど、このままぼくはずっと悶々としているのだろうか。
佐々木も言っていたが、年が変わるなんて別に日をまたぐのとなにも変わらないし、自分たちがそう思うか思わないかだけである。ぼくも同感だし、糞食らえと思うと同時に、自分たちの人生にメリハリや枠を付ける、言い訳を付けたり、楽しみを作ったり、そういう風にしないとぼくたちの人生は嫌でも進んでいくのである。イベントは大切である、正月とかお盆とか、
お金がないからやめるとか忙しいからやめるとかそういうものではないはずなのだ。
自分で自分のリズムを作る。自分のリズムがないならば社会のリズムに合わせる。
クリスマスに楽しむのも個人的にはいいなと思った2019年だったので、
最近、このままなにも考えずになにもせずに生きていくことも出来るんだろうなと思うとゾッとする。会社員の思考になっている。

2020年の2日目からジャスパーにあったり、こうやって考えられているのはいい傾向ではないか。ある意味では鍵を実家に忘れたお陰かもしれない。