2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2019.11.28

Translate

2019.11.28

僕にとって日記を書くことと思考するということは、連動している。
11月、今日まで一度たりともまともに日記を書かなかったのだけれど、この一ヶ月一体何をしていたのかすら全く覚えていないのである。

きっと、僕にとっては、思考と記憶も連動していて、記憶に残すには思考するしかないのである。思考するということは、行動するということでもある。
考えを巡らせることが自分が後から見返したときに唯一残るものなのである。行動をすることももちろん記憶に残るのだけれど、何を考えていたか、なんでその行動をしたのかという理由こそが自分にとっては大切である、唯一残るものである。いや、唯一残るという言い方はよくないので、残したいと思うものである。と言い換える。
日記を書かずに思考していたということは僕においてはあり得ないとでもいうべきだろうか。

かなり違和感を覚えるようになってきたので日記に少しぐらいは書き記したいのである。継続は大切である。ランニングも再開してもいいかもしれないと少し思った。