2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2019.8.15

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2019.8.15

終戦日。
いろいろ考えることはあるが、自分がいまこうやって行きているのもおじいちゃんが生きていたからなんだと思うとおじいちゃんに感謝しないわけにはいかないなと思う。それなのに、墓参りには行けず、本当にどうしようもない孫である
昼過ぎに家を出て、駒沢大学駅の近くにあるタイカレーピキヌーへ
正直にいってそれほどうまいわけでもない。みんなが絶賛する意味もわからない。Hamishが作るバナナの入ったチキンカレーやDaveが別れた彼女のために作ってたグリーンカレーの方が圧倒的に美味しい。ぼくも、もし彼女に振られてしまって、それでも諦めがつかなかったらグリーンカレーをタッパーに詰めて持っていきたいとずっとおもっているんだけれど、そんな機会は今のところ訪れそうにない。
大勢は大勢に巻かれるし、これだけ街にお店が溢れていると、きっと一度行ってみて美味しければ美味しい店だとみなされるのだろう
初めて行った時に芸能人がいたとか、お腹がめちゃくちゃ空いていたとか、一緒に行った女の子がかわいかったとか、人がなにかをおいしいと思う理由なんて不純なものが多いんだから。それでこそ料理の美味しさだとも言えるのだけれど。
その後、芝公園のプールで1km泳ぐ。ちゃっぴに執拗に誘われたのだけれど、その理由が行ってみてわかった。
競泳用水着でマッチョの男性ばかりだった。きっと彼も新たなるステージに進んだのだろうと彼の人生に何か転機があったことを嬉しく思ったり。
というのは嘘で、全く知らずに行った二人はドギマギしながら本を読んだり、とにかく泳いだり。
関西方面に台風が来ている影響で風は強いけれど、屋外プールは最高だった。雲の動きを見ているだけでなんだか肩や背中や肺周辺の痛みも全て取れたように思う。全て水に流そうじゃないか。
その後、神保町へ行き、北京亭で早めの夕飯。あまりヘビーなものを口にできないようで、棒棒鶏や豆苗の炒め物など。
駅前のDOUTORでサクッとコーヒーを飲み、高校野球の話をして別れる。
ぼくは、渋谷へ行き、イメージフォーラムでce sentiment de l'eteを再鑑賞。涙が流れた前日にもここに来た。映画を観て、言葉を失った。動けなくなった。ベルリンもパリの生活もいろいろなことを走馬灯のように思い出し、自分の経験してきたことが決して間違えてなかったということを感じたし、今の自分が本当に納得いく生き方をしているのかを疑った。
この映画の世界感にずっと居残りたいと思う気持ちと同様に新しい方向に進み出すべきだと思う気持ちとが同居している。何に感情を動かされているのかは不明だし、正直映像がいいとか、ストーリーがいいとかではないんだ。音楽だけがとてつもなく良くって、夏のセンチメンタルを驚くほどに浮かび上がらせている。
映画の後、グランドファーザーズでサクッと一杯して帰宅。すごくいい日になった。