2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2019.7.8

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2019.7.8

朝からキッチンまわりを掃除し、洗濯をする。
昼過ぎにcurry shop Amiへ行く。帰り道、むすびガーデンでパイナップル、ケフィア、ミルク、キウイ、グラノーラ、はちみつを購入。
ついにケフィアを作る気になった。ニュージーランドの時は、毎日のようにケフィアヨーグルトを食べていたのに、日本では売ってないからと食べていなかった。
最近、自分でもなんだか甘ったるい刺激のない生活をしているような気がしていた。オルタナティヴな思考のためには、とにかく人がしないことをする、人が食べないものを食べようと思い、ケフィアを作ろうと考えていた。
15時過ぎに、家を出て、在日ブラジル大使館で行われているブラジリアンモダンの展覧会へ。オスカーニーマイヤー等著名な建築家のモダンデザインの展示。サイズが大きいので、あまり魅力を感じない。
1つ面白い椅子があり、アイアンを曲げてそれに布を引っ掛けただけのシンプルなもの。
そのデザイナー(名前を忘れた)がインタビューで、最先端技術にインディオ(先住民)が使っている技術を融合させるということをしたかったと話していた。ブラジルではインディオたちは、ハンモックで寝ていてそのハンモックの強度と快適さをモダンデザインにも持ち込むべきだと考えたのである。単純明解でシンプルで、いいな思った。
ブラジリアンモダンをみて、改めて北欧デザインというのは、ぼくたちの感覚にとても近いと感じた。サイズ感が、ちょうどいいのである。アメリカの家具のように豪快ではなく、バウハウスのようにカチッともしていない。ぼくが1つ自分の生活や人生の指針として、見つけたことといえばこのサイズ感だと思っている。自分の樽を知ること。バランス感覚の良さ。
その後、神宮球場でヤクルトvsベイスターズを観戦。
ラッキー7に奇妙なことが起きた。
村上春樹氏は、29歳まではただのjazzが好きな一般市民だったはずだけれど、いまや、こんな大きな球団の名誉会員である。ゆくゆくは応援歌の歌詞なんて作ってしまうかもしれないと思った。
バックスクリーンに目を向けながら、応援歌を聴いていると、涙が溢れそうになった。
夢があるよなあ、と。自分の今の人生の規模の小ささと、お金ではなく、人生の可能性に蓋をしているのではないかと思う。厳しく生きるとはそういうことで、何か1つの自分の生き方の提示があればいいのである。
試合には勝ち、最下位を脱出した。そんな日になんだか奇妙な感覚を感じた。
夜、同僚の渡邊ユイさんから川久保社長のインタビュー記事が届く。そこにある依存性の怖さについて少しメッセージを交わす。変化を恐れないことこそがフレッシュさの秘訣であり、何かへの依存を免れる方法である。
しかし、ビジネスの1つの成功法は依存につけいるということにあると思っている。それが会社の悪いところではないだろうか。
2010年代は、特に2011年の福島原発の問題以降はぼくたちは、依存することの恐怖を覚えたはずである。なのにも関わらずぼくは家を買おうと計画しているのである。学びがあるのかないのか