2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2019.6.3

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2019.6.3

11.30-DSM
本当に好きで仕事が出来ているか。楽しみを見つけているが、楽しみに見合った仕事量か。
夜、急に落ちた。
5月は散々いろいろなことをした。新しいスニーカーも、洋服も、本も雑誌も、アートワークも普段あまり買い物をしないけれどたくさんした。好きなレストランに週に3回行ったり、友達を家に呼んでご飯を食べたりもした。海外旅行にも行ったし、好きなバンドのライブも週一ペース毎週行ったし、ナイトクラブも毎週末踊りに行った。そんなことをしてもぼくの心は満たされない。
聖子ちゃんがコペンハーゲンにいることが原因だろと思われるかもしれないが、そうではない。それ以上に問題なのは、自分のしていることを認識してないことだと思うし、心の底から本当にしたいことをしていない、しようとしていないからかもしれない。
自分が特別したくて仕方ないことをしていて人から指摘されるのであればますますやる気が出るものだけれど、やらされ仕事で指摘されたり、批判されるとそこに強い芯はなく、そんなに言うなら別にやらなくてもいいよ。と思ってしまう。
今、聖子ちゃんとぼくは別々に住んでいる。コペンハーゲンと東京にいる。別々に住むこと、デンマークと日本に住むこと、ぼくの中では勝算のある賭けである。別々に住むことが二人の世界観を変えてしまうかもしれないし、お互いが変化して再度あったときに「なんか違うね」となりかねないとも思った。遠距離恋愛によくある話である。
でも、ぼくにはそんな不安は全くなくって、二人の人生(お互いの人生)を考えた時に、誰もしてないことをしたいならこの決断が正しいと思った。お互いが自分の時間を持ち、本当にしたいように生活し、その中で何か新しい発見なり気付きなりがあり、それをお互いに共有し刺激し合う。
合わなければならないものは合うのだとぼくは強く信じているし、ぼくたちはそういう関係性にあるとすくなからずぼくは思っている。これまでも変な生活をしてきたけれどこんなに気合の入った理解のある女性は会ったことがない。
わがままだとは思うけれど。そんな関係こそがぼくの理想としているものである。