2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2019.4.9

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2019.4.9

夜、聖子ちゃんが岡山に向けて出発。
自分自身、どんな気持ちでこんな日を迎えたのだろうか。
まず一週間、岡山と京都で過ごし、その後ロンドンへ行き、1ヶ月と過ごし、その後コペンハーゲンへ行くのだという。
最後、聖子ちゃんも言っていたが、なんでこんなに仲が良いのに別々で生活しなきゃいけないだろうか。誰からも行けと言われたわけでもなく、自分たちで決めた決断なのにそんな想いが頭に浮かぶほど別れは辛い。それほどのものだとは想像していなかった。
悲しいというよりも一人に飽きてしまいそうである。
これからの一年間、日々を一人で過ごすのかと思うとゾッとするが、人生最後の一人暮らしだと思えば、一年なんてあっという間である。これまで大小色々な決断を二人でしてきたのだから、いい加減一人で決める力も必要になってくるのである。今夜のご飯も一人で決められないような人間ではいけないのだ。

朝は、コーヒーを飲みたいと思い、Your Daily Coffeeまで歩く。帰り道に食パンを買う。
OKでパッキング用のダンボールを手に入れ、昼食を家でパスタポモドロを泣きながら食らう。こういう別れの時はいつだってパスタポモドロを食べているように思う。
食後、パッキングを進め、二人の東京での大切な場所であるbuikやいもやへ行こうという話もしたが、結局気温も高いし、天気もいいし、家でゆっくりと過ごす。こんなにゆっくりと過ごしたのもいつぶりだろうかと思うほどである。窓の外は、桜が散り始めているし、なんだか言葉に出来ないような感情を生み出す。近くのケーキ屋でケーキを買い、家でコーヒーを淹れる。
18時過ぎまで、家で過ごし、Park Hyatt のNew York Barへ。聖子ちゃんはNew York、僕はモクテルをオーダー。
ピリッとする空間とそこで楽しむ大人たちに自分たちの未来を見たように思う。なんだか地上では感じることの出来ない素敵な感情をここ51階まで来ると感じることが出来たように思う。夢と希望は大きく持ちたいなと思った。素敵な大人になりたい。
最後まで別れは辛いものだけれど、きっとこの決断は二人の未来にとっていいものになるに違いないし、自分たちでこの決断が良かったんだなと思えるように行動するしかないのである。
聖子ちゃんと僕は二人で一人なので、彼女の経験は僕のものだし、僕の経験は彼女のものなのである。今は、そんなふうに思っている。だから心配はない。
次に会えるのは、僕が6月末に出張に行った時。それまでに何か面白い話題を提供出来るようにしたい。