11-DSM
なにを現実だと信じるかというのは極めて重要なことである。
人から聞いた話が現実か、自分で見たことが現実か。
例えばここに書いている実際に起きたように聞こえる話も、 ぼくの妄想かもしれない。架空の戯言でしかないのに、 ここに書いていることを全て鵜呑みにする必要はないと思う。 昨日なになにしたんですね〜なんて言われることがあるが、「 してないよ」と言いたい。
夢を生きているのだから、まじめに生きたって仕方ないと思う。 僕の場合、根がまじめなんだから、まじめに見られるが、 脳内にはカオスが存在するし、キチガイだと言わても仕方ない。
人は必ずフィルターを通して物事を判断するし、 経験や様々なことを持って物事を判断する。なのに、 平等に判断しますとか、無茶なことを言うべきではないし、 そもそも順列なんてつけるべきではない。 人に数字を付ける社会にはもうウンザリである。しかし、 好き嫌いはあって当たり前だと思う。
なにを現実だと信じるかというのは極めて重要なことである。
人から聞いた話が現実か、自分で見たことが現実か。
例えばここに書いている実際に起きたように聞こえる話も、
夢を生きているのだから、まじめに生きたって仕方ないと思う。
人は必ずフィルターを通して物事を判断するし、