2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2018.7.5

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2018.7.5

11-DSM
なにを現実だと信じるかというのは極めて重要なことである。
人から聞いた話が現実か、自分で見たことが現実か。
例えばここに書いている実際に起きたように聞こえる話も、ぼくの妄想かもしれない。架空の戯言でしかないのに、ここに書いていることを全て鵜呑みにする必要はないと思う。昨日なになにしたんですね〜なんて言われることがあるが、「してないよ」と言いたい。
夢を生きているのだから、まじめに生きたって仕方ないと思う。僕の場合、根がまじめなんだから、まじめに見られるが、脳内にはカオスが存在するし、キチガイだと言わても仕方ない。
人は必ずフィルターを通して物事を判断するし、経験や様々なことを持って物事を判断する。なのに、平等に判断しますとか、無茶なことを言うべきではないし、そもそも順列なんてつけるべきではない。人に数字を付ける社会にはもうウンザリである。しかし、好き嫌いはあって当たり前だと思う。