図書館へ行き、作業。
時間があるときは、ここに来て作業をしている。Ponsonbyにある図書館の一角はぼくしか座っていないので、ぼくはここをスタジオと呼んでいる。
ルーティンがあるとそれらが楽しくなるし、仕事をしなければ行けないという空気になってくるのだ。
大概毎日最初にすることはメールの確認と、日記の更新。今は、3月14日の朝9時11分、何件か入っていたメールの返事をして日記を書き出した。
昨日の日記なので、昨日のことを書かなければ行けないのだけれど、どうも朝に書くと今の気分をつらつらと書き記したくなってしまう。
図書館を正午過ぎくらいに出て、帰宅。昼食は、聖子ちゃんがカレーを作ってくれていた。マリネしていたチキンを使ったレッドタイカレー。めちゃくちゃうまい。昼に食べるカレーは格段にうまい。それが夏だとさらにいい。とどこかの広告に影響されて夏のカレーを好きになってしまっているのかもしれないが、そうではないはずだ。単純に心からカレーが好きなのである。
その後、ドライブする。橋を渡り、ノースショアへ。
車で15分くらいのところにDevenportというエリアがある。少し観光地化しているのは否めないのであるが、それでも心地よい。高級住宅地でもある。
ランギトト島を目の前に、広い景色が広がる。久しぶりにこういう幅のある景色を見たので、とても心が晴れた。
16時から仕事だったので、駆け足で帰宅する。
夜は、デイビッド・リンチ氏「Wild At Heart」を観て就寝。意味が全くわからなくて、少しつまらなくなったのであるが、そのあと、ネットで記事を読んだところ、オズの魔法使いがベースになっているのだという。なるほど。こうやって記事を読むまでぼくは理解できないというところが何か物語を読み解く才能のなさを表しているように思えてならない。
最近は、ビジュアル作りもうまくないし、解読能力も乏しいので、自分の能力の低さにかなり落ち込んでいる。
父親に似てきているなあと思うこともしばしばあり、なんだかとても悲しいのである。それは、父親が嫌いなのではなく、父親とは人間として一つの超えなければならない目標であって、それを超えるでもなく、似ていく、ということから、どうも自分の力量のなさを痛感するのである。反面教師という言葉もあるが、嫌だなあと思うところを、変えていこうとするのであるが、それでもそうすればそうするほどに似ていくのだ。
時間があるときは、ここに来て作業をしている。Ponsonbyにある図書館の一角はぼくしか座っていないので、ぼくはここをスタジオと呼んでいる。
ルーティンがあるとそれらが楽しくなるし、仕事をしなければ行けないという空気になってくるのだ。
大概毎日最初にすることはメールの確認と、日記の更新。今は、3月14日の朝9時11分、何件か入っていたメールの返事をして日記を書き出した。
昨日の日記なので、昨日のことを書かなければ行けないのだけれど、どうも朝に書くと今の気分をつらつらと書き記したくなってしまう。
図書館を正午過ぎくらいに出て、帰宅。昼食は、聖子ちゃんがカレーを作ってくれていた。マリネしていたチキンを使ったレッドタイカレー。めちゃくちゃうまい。昼に食べるカレーは格段にうまい。それが夏だとさらにいい。とどこかの広告に影響されて夏のカレーを好きになってしまっているのかもしれないが、そうではないはずだ。単純に心からカレーが好きなのである。
その後、ドライブする。橋を渡り、ノースショアへ。
車で15分くらいのところにDevenportというエリアがある。少し観光地化しているのは否めないのであるが、それでも心地よい。高級住宅地でもある。
ランギトト島を目の前に、広い景色が広がる。久しぶりにこういう幅のある景色を見たので、とても心が晴れた。
16時から仕事だったので、駆け足で帰宅する。
夜は、デイビッド・リンチ氏「Wild At Heart」を観て就寝。意味が全くわからなくて、少しつまらなくなったのであるが、そのあと、ネットで記事を読んだところ、オズの魔法使いがベースになっているのだという。なるほど。こうやって記事を読むまでぼくは理解できないというところが何か物語を読み解く才能のなさを表しているように思えてならない。
最近は、ビジュアル作りもうまくないし、解読能力も乏しいので、自分の能力の低さにかなり落ち込んでいる。
父親に似てきているなあと思うこともしばしばあり、なんだかとても悲しいのである。それは、父親が嫌いなのではなく、父親とは人間として一つの超えなければならない目標であって、それを超えるでもなく、似ていく、ということから、どうも自分の力量のなさを痛感するのである。反面教師という言葉もあるが、嫌だなあと思うところを、変えていこうとするのであるが、それでもそうすればそうするほどに似ていくのだ。