朝から、ハロウィーンの余韻を感じながらコインランドリーへ向かう。
今日はすごく天気がいいので、洗濯日和だ。
歩いて、15分ほどのところにあるRichmond Rd Laundromatは、お世辞でも言えないくらい素敵な雰囲気はなく、とにかく忙しく、ごちゃごちゃしている。人が多く忙しいのではなく、みんな洗濯物を置いて仕事や用事に向かい、帰りに洗濯物をピックアップしにくるのである。ぼくらのように休日や時間のある時に、ゆっくり洗濯が終わるのをお茶しながら待つ、なんてことをする人は一人とていないのである。
以前、メルボルンに住んでいる時にもランドリーを使用していたのだけれど、近くにある気に入っていたランドリーは洗濯機が30個ほどあり、待ち合い用に席や新聞などがある。横にはSlowpokeというカフェがあり、ぼくは毎度ランドリーを待つ間slowpokeで一服していた。それらが至福の30分なのである。
ランドリーという文化が無くなろうとしているのだ。きっと、人々は自分で洗濯する事を好み、自分の洗濯物を自分の庭でラインにかける事を好む。
また、洗濯物などはいつかオートマチックに乾燥機や畳みまでやってくれる時代が来るのかもしれない。それらは素敵なことではあるが、一方でランドリーへ行く、という文化も残さなければならない。とぼくが心配するまでもなく、それでもランドリーで些細な人との交流を好む人間は存在するだろうし、ランドリーの隣のカフェで一服する事を好む人もいるのだろう。
昼食にポテトのクリームリゾットを喰らう。ぼくは、色のトーンが同じ素材の入った食事を好む。例えば、このリゾット。ポテトは火を入れ続けると、薄いクリーム色に変化する。オニオンの薄茶色とポテトのクリーム色。それにミルクやバター、それから少しのフレーバーを加えただけのものなのであるがぼくはこういうものが好きだ。
シンプルで且つ、味に深みのあるもの。味の原型をとどめていないものも同様だ。キノコのフレーバーがするのにキノコが入っていないということ。
14時半頃仕事に向かう。今日は、Huckleberry Parnell
21時頃帰宅。
Reservoir Dogsを観て就寝。タランティーノブーム再び。
今日はすごく天気がいいので、洗濯日和だ。
歩いて、15分ほどのところにあるRichmond Rd Laundromatは、お世辞でも言えないくらい素敵な雰囲気はなく、とにかく忙しく、ごちゃごちゃしている。人が多く忙しいのではなく、みんな洗濯物を置いて仕事や用事に向かい、帰りに洗濯物をピックアップしにくるのである。ぼくらのように休日や時間のある時に、ゆっくり洗濯が終わるのをお茶しながら待つ、なんてことをする人は一人とていないのである。
以前、メルボルンに住んでいる時にもランドリーを使用していたのだけれど、近くにある気に入っていたランドリーは洗濯機が30個ほどあり、待ち合い用に席や新聞などがある。横にはSlowpokeというカフェがあり、ぼくは毎度ランドリーを待つ間slowpokeで一服していた。それらが至福の30分なのである。
ランドリーという文化が無くなろうとしているのだ。きっと、人々は自分で洗濯する事を好み、自分の洗濯物を自分の庭でラインにかける事を好む。
また、洗濯物などはいつかオートマチックに乾燥機や畳みまでやってくれる時代が来るのかもしれない。それらは素敵なことではあるが、一方でランドリーへ行く、という文化も残さなければならない。とぼくが心配するまでもなく、それでもランドリーで些細な人との交流を好む人間は存在するだろうし、ランドリーの隣のカフェで一服する事を好む人もいるのだろう。
昼食にポテトのクリームリゾットを喰らう。ぼくは、色のトーンが同じ素材の入った食事を好む。例えば、このリゾット。ポテトは火を入れ続けると、薄いクリーム色に変化する。オニオンの薄茶色とポテトのクリーム色。それにミルクやバター、それから少しのフレーバーを加えただけのものなのであるがぼくはこういうものが好きだ。
シンプルで且つ、味に深みのあるもの。味の原型をとどめていないものも同様だ。キノコのフレーバーがするのにキノコが入っていないということ。
14時半頃仕事に向かう。今日は、Huckleberry Parnell
21時頃帰宅。
Reservoir Dogsを観て就寝。タランティーノブーム再び。