2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2012.1.4

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2012.1.4

「パパラギ」読み進める。なかなかおもしろいがもうぼくには十分解っているのだ。ではそれらの問題をどうしていくのかという所。
奈良まで自転車で行く。奈良公園まで50分。くるみの木までは25分。世田谷マンションからKIOSKまでという感じか。ぼくの地図ではカンサイの渋谷は高の原。近鉄奈良駅から奈良公園に登る坂はやはり奇妙な感覚がある。鹿のいる景観は、ぼくの思うエディブルランドスケープにもよく似ている気がした。やはり並木通りはりんごがなってその場で食べたいよね。その感覚に近い感覚で街に鹿がいる。鹿に話しかけるおばさんや少年。おばさんは「あんた食べ過ぎなや」と子供のように叱り、少年は「しかさんしかさん〜」と近くに住んでるお兄ちゃんに話しかけるように話す。これと並木通りの木になってるりんごを食べるのとすごく似ている。
Eテレ「名著de100分」の宮沢賢治「銀河鉄道の夜」最終章を見る。宮沢賢治は人生を通して「銀河系から自分の存在を知ることが大切」といっている。20世紀前半から(太平洋戦争あたり)グローバル化する社会に対して疑問を抱いており、既存のシステム以外にも世界は存在しうることを示し、均一化する相似していく社会や人間に自己の解放を叫び続けた。その自分の中にあるユーモラス(自己)を解放し生活に活かせということを訴えている。それが銀河系から自分の存在を知ることである。芸術と生活を合体させようとした人物である。まさにぼくが叫び、そして自ら実践したいことである。
日本という乗り物に乗っているのではなく世界、いや銀河系の地球という乗り物にのっているのだ。という考えを持っている。バックミンスターフラーと通じるものを感じた。
幸せについて、「幸せとは絶望している所にも存在する」と宮沢賢治はいう。なぜなら幸せとは「幸せを一生懸命見いだそうとする行為の中にあるものだからだ」と。
植物も動物も人間も銀河系にあるモノ全ては繋がっているという思想の持ち主。今日も先人現れる。全部読もう。
もし、3.11以降に宮沢賢治が生きていたら「踊り、歌い、祈り、そして笑え」と言うであろうと京都大学の宮沢賢治研究の教授が言っていた。自分の表現は身体全身で伝える、話して伝える、笑いながら自らの生活をしようということである。
部屋でレコード聞きながら踊るというのはやはり楽しい。誰にもみせたくない光景ではあるけれどこれが生活を安定させてくれるなら最高だな。この踊りで食糧手に入らないかな。「パパラギ」に書いてあることと部屋で音楽を聞きながらファッションショーしながら踊ることで未来へ。うーん。