2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2011.10.7

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2011.10.7

朝から引っ越し準備と洗面台の修理。その後、BUNFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL2011へ。非常に素晴らしく最後の長編は今の自分とリンクしてすごくやる気が出た。湖の魅力に取り付かれた男の話は芸術的というか生き方そのものであるな。いかに今の自分が人間らしく生きていないかをまざまざと見せられた。映画撮ろう。本も出そう。建築もしよう。去年、今年と行ったが非常に刺激的でこれは観に行ってほしい毎年行きたいFILM FES。
高城剛氏のメールマガジンにコンピューターが終わった日ということが書いてあった。ぼくもとりさんからスティーブ・ジョブズの訃報を聞いた時にそう思ったし、みんなそう思ったに違いない。
「音楽で社会が変わることを教えてくれたジョン・レノンが亡くなった日、音楽はただの産業になってしまうんじゃないかと多くの人は感じた。コンピューターで社会が変わることを教えてくれたスティーブ・ジョブズが亡くなった日、もうコンピューターはただの産業になってしまうんじゃないか」
ワクワクしてきました。今後どういう世の中になるのか非常に興味深い。
アーキグラムの水戸芸でのトークショーの記事を読み、ソフトウェアシステムがデザインに対してどういう風に働きかけているのかを考える。誰の為のシステムなのか。誰の利益になっているのか。パワーポイントは誰の為のものなのか。それを使ってプレゼンすることでクリエイティブな要素が全く必要のないシステムのなかに自分を置くことが出来るようになった。実は邪悪な構造であるのではないか。要するにパワーポイントの出現により時代がデザイン先行になったということか。うーん。まだまだ考えなければいけないな。すごく興味深い。
今の心境だと高城剛の言葉が一番しっくりくる。ぼくは新しいライフスタイルではなくビジョンが作りたいんだ。