2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2011.10.29

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2011.10.29

洋服について考える。家ではいわゆるアウトドアスタイルというようなネイチャー感覚を持てる洋服を見に纏い、外ではシャツにジャケット(カバーオール)というのが都市に生きる人間にはいいのではないか。消費を最低限に抑えながらほぼ同じ洋服を着てる。これが10年代の都市のスタイル。
とりごえとりさんから藤森照信の内容メールがくる。こんだけリンクするってことは生活について考えることが気付けばカタログ化されていて、書店にいけば平置きで生活についての本が置いてありネットを開けばどこからともなく生活についての情報が入ってくる。実は、脳が情報を勝手に選択していて興味あることしか感じないようになっているのではないか。実は、社会ではなく自分の脳が勝手にカタログ化しているのではないか。情報多寡時代だから人間の脳は情報を入れても右から左へ流しているんじゃないか。
生活を考えるときも生活の真逆を意識する。死ぬとかではない全く違う逆側。常に逆を意識するとはそういうことかもしれない。ここから脱出しないことにはなかなか新しいもの見えてこない。悔しい。
三谷幸喜「ザ・マジックアワー」を家の相方がDVDレンタルしていたので観る。絶賛していたけれどあまり面白くなかった。
浜野安宏「ネイチャー感覚」読み終える。浜野安宏もメタボリストもそうだけれど環境を非常に問題視している。60年、70年代にもう環境問題を意識している(大阪万博開催の影響もあるだろうが)のだからそれから40年も経過した今もっと意識すべきだろう。人間はやっぱり住むところは家ではなくて地球です。