2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.6.8

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2026.6.8

 夕方からアムステルダムに行き、Wynand Fockinkでサクッとドリンク。珍しくお酒を飲んだが、酔わなかった。まあ一杯だけなのだが。OTEMBAという緑茶の入ったジュネヴァも試飲で飲んだが、喉が焼け焦げるかと思った。その後、Calistoでディナー。隣に座った女性二人がフランス語を話していたのだが、オランダ語よりも理解できた。よく聞くと、一人はベルギー人で、もう一人はストラスブール出身ということだった。もしかすると、フランス語も地方に行けば、もしくはジュネーヴのようなフランス語圏のスイスに行けばかなり理解できるのかもしれないと思った。オランダ語よりも音馴染みがあるのと、まあ少なくとも大学で4年間授業を取っていたし、パリにも2年ほど住んだし、実家もA table!というフランス語の名前のついたカフェをやっているし、フランス映画にも、音楽にも影響を受けながら育ってきたのだから、心は開いているのだ。言語や文化を学ぶことは、大前提として心が開いているかどうかということにあると思っている。オランダに来てからなかなかオランダを拒絶するような、もしくは拒絶されるような感覚を受けることが多く、またゲンナリするような思考やものに心が塞いでいたが、少しずつ自ら心を開こうと努めることによって言語の理解が少しずつ進んでいるようにも思う。しかし、フランスに住んでいた頃は言語を学ぶには現地の食べ物を食べて口を作ることが大切だと謳っていたが、ここでは現地の食べ物というものがほとんど存在せず、言葉の発音を教えられる際には唾を吐くように音を出す、なんて言われる始末である。ぼくは唾を床に吐く人がとても嫌いだ。そういう意味では今日Wynand Fockinkでジュネヴァを飲んだことは言語と文化を理解する上で大きな一歩であった。終電に乗り、帰宅したのが25時頃だった。急いでシャワーを浴びてベッドへ行くところなのだが、最近の睡眠の乱れから結局27時ごろにベッドへ行った。