朝食を食べ終わって、そのままダイニングに座っていると突然聖子ちゃん「ぎゃああ」と叫んだ。何かと思ったらブックアワードのショートリストにノミネートされたというのだ。叫んだのをほとんど見たことがないので、誰か身内に不幸があったのかと思った。
受験で合格したのとも、資格を取ったのともまた違い、学校で勉強したわけでもなく好きで始めたことがある一つの形になり、それを誰かが美を見出した。そこには価値基準やボーダーラインがあるわけでもない、正解のない世界において、真っ暗闇を真っ直ぐに歩くような行為であり、そこに光が差し込んでいると錯覚を起こしながら、もしくは自分でそちらに光があると信じながら、歩を進めるような行為なのだ。もちろん、アワードに関しては、人が勝手に合否を決めるので、その構造に関しては、それで賛否あるだろうし、ぼくもそれにはいささか疑問を覚えている一人である。それでも見知らぬ誰かがが市井の人間が作ったものに一つの評価を与える。これは、「社会的に箔がついた」という話とは全く違って、一人の主体的な行動がある一線を超えたときに感じる感情、真っ暗闇の中で信じていた光が具体的に揺らぎ始めるという話なのだ。ゆで卵を茹でながら文章を書いていたら何分前に鍋に入れたのか忘れてしまった。多分、6分経ったので、火を止めに行く。
受験で合格したのとも、資格を取ったのともまた違い、学校で勉強したわけでもなく好きで始めたことがある一つの形になり、それを誰かが美を見出した。そこには価値基準やボーダーラインがあるわけでもない、正解のない世界において、真っ暗闇を真っ直ぐに歩くような行為であり、そこに光が差し込んでいると錯覚を起こしながら、もしくは自分でそちらに光があると信じながら、歩を進めるような行為なのだ。もちろん、アワードに関しては、人が勝手に合否を決めるので、その構造に関しては、それで賛否あるだろうし、ぼくもそれにはいささか疑問を覚えている一人である。それでも見知らぬ誰かがが市井の人間が作ったものに一つの評価を与える。これは、「社会的に箔がついた」という話とは全く違って、一人の主体的な行動がある一線を超えたときに感じる感情、真っ暗闇の中で信じていた光が具体的に揺らぎ始めるという話なのだ。ゆで卵を茹でながら文章を書いていたら何分前に鍋に入れたのか忘れてしまった。多分、6分経ったので、火を止めに行く。