旅行帰りだということもあり、部屋が荒廃している。大体において調子が悪い時、リズムの悪い時、気が滅入っている時、忙しい時は部屋が荒廃する。夜、20歳くらいの学生たち8人くらいでドリンク。明日が誕生日の子のためのゾロゾロと友人たちが集まってきた。そこには何も行動を遮るもの、停滞させるものがない。そんな姿を見ていると、いかに自分が今の現状や自分の未来に対して不安を抱えているかを感じてしまった。それが顔や服装、発言にも出ている。彼らなりに何か未来を曇らすものも遮るものもあるのだろうが、そんなものが存在しないかのように見える。一方ぼくには、未来だけではなく過去からの眼差しのようなものさえをもぼくの心を曇らす存在としてそこに立ちはだかる。昔、大人になれば未来が短くなるのだから歳を重ねると未来への不安は死への恐怖のみになるのではないかと思っていたことがあるが、歳を取れば取るほどに過去からの重圧とか過去に思い描いてしまった未来と現在の相違とか、そのようなものが確実に存在感を増してくる。それらは、よく囚われるべきではないと言われるものの代表格であるが、現実に直面した時に人間というのはそれほどさっぱりと「今を見るだけ」とか「そんなものに囚われても仕方ない、考えるな」いう暗号をボタンで打ち込んだコマンドのようにはいかず、過去にも、そして短くなるだけの未来にもいまだに切望の眼差しでしがみついたり、押しつぶされたりしている。少なくともぼくはそうだ。