2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2026.1.7

Translate

2026.1.7

 やっと、回復してきたので、大雪の中ステラと散歩。正月から今日まで、本当に健康が一番と気付かされるような7日間だった。健康でなければ何も出来ない。
今年も先回り日記を書きたいが、まだ頭が働いていない。去年の1月の日記を読み直すと、2026年先回り日記によるとこんなことが書かれていた。
「2月はパリとアムステルダムで、3月初めにはロンドンでブックローンチ」は、David Skoudy of Paris Image Unlimited『The Pictures on My Wall』、Lore Stessel『As the Sky Remembers the Sea』で開催することが出来た。
「A song from the laundry room #6の刊行」も出来た。「ランニングの継続」は出来なかった。「A song from the laundry room #7の刊行」は出来た。「ボローニャへ再訪」も出来た。「短編集 『街の眺め』が完成」は、完成しなかった。「Cairo Apartmentの新刊を刊行」は、三好耕三 A Long Interview with Kozo Miyoshiを9月に刊行することが出来た。「続けてCairo Apartmentの新刊を刊行」は、出来なかった。「ぼくの新刊をCairo Apartmentから刊行」は、出来なかった。「それに合わせた展覧会の開催をフランスで開催」は、出来なかったが、パリYvon Lambertでのグループ展に参加することで自分の作品を発表することが出来た。「A song from the laundry room #8を刊行」は、ほとんど完成しているのだが、あと一歩というところで停滞してしまっている、結局出来なかった。「年越しを久しぶりに日本で過ごして、展覧会は日本への巡回もできた」は、日本での年越しは出来なかったが、Yvon Lambertで発表した作品を日本でも発表する機会をちゃっぴからもらったので、巡回ではないが出来た。「フィルムはパーソナルワークで50本使った」は、結局30本くらいしか使っていない。

そう読み解くと、全体的に見ると自分が作った目標というか流れる時間の中にある目印に対して、まあまあ出来たことが多い一年だったという風に考えてもいいのではないか。こうやって見てみると、作り切るような、完成に向けて継続しないといけないものがほとんどうまくいっておらず、慣れているものや、自分が好き勝手やっているものに対して見つけてもらったり声をかけてもらったりしているものだけが出来たという結果である。やらせてくれる後押しをしてくれたり機会や場所を提供してくれた方々には、感謝しようがない。