アムステルダムに行き、作品のプリントを仕上げる。自分のスキャンの技術が向上したのか、それともプリンターとの相性が良いのか、前よりももう少し立ち上がったような写真を作れるようになってきた。ウィリアムターナーという水彩画用の紙にインクジェットでプリントしているのだが、ざらっと荒い質感のマットな紙にインクがのっている興奮と、その荒さゆえに触れるだけで剥がれ落ちそうな曖昧なインクの表情に取り憑かれている。それらが額装された時に、紙が何だとか、どのような質感をしているだとか、インクがなぜ曖昧な表情をしているのかとか、寿司屋がその寿司の美味しさの秘訣をぺちゃくちゃと語らないように、そんなことを隠すかのように被せられたパスパルトゥーと、美味さゆえにそんなことを語らなくても良い寿司のように品の良い額装に支えられて作品が成立している。最終的にそこには唯一印象だけが残っているようなそんな状態で作品が佇んでいる。
データの作り方ひとつでこれほどに印象の違うものが作られるのだから、人に何度も何度もお願いするよりも、自分の家に同様サイズのプリンターでも買って、制作するという方法をとることも、次のステップに向かうには必要なのではないかと思っている。