昨晩、東京に戻る。今日から日常に戻った。むしろ、異常かもしれない。実家のある関西での生活が日常ではないか、そこに流れていた空気や自分の心持ちこそが日常にあるべきものであって、こちらにあるものは異常な心持ちかもしれない。そう考えると、考えるだけで疲弊してしまうので、ここを一時的な住まいとすることを認めないといけない。
昨日、春日大社に初詣に行き、初みくじをひいたのだが、番号は6で大吉だった。その結果は、どちらでもよいとして、健康のところに「軽くはないが治癒するでしょう」と書かれていた。聖子ちゃんの方には「重くはないが治癒するでしょう」とあった。
「軽くはない」と「重くはない」にどのくらいの違いがあるのだろうかと気になって、それ以来ふとした時にずっと考えている。こういう場合、
昨日、春日大社に初詣に行き、初みくじをひいたのだが、番号は6で大吉だった。その結果は、どちらでもよいとして、健康のところに「軽くはないが治癒するでしょう」と書かれていた。聖子ちゃんの方には「重くはないが治癒するでしょう」とあった。
「軽くはない」と「重くはない」にどのくらいの違いがあるのだろうかと気になって、それ以来ふとした時にずっと考えている。こういう場合、
「軽い」、「軽くはない」、「普通」、「重くはない」、「重い」と大きく5つくらいに振り分けられるのだろうが、「軽くはない」というのは、「重くはない」よりも「重い」に近い言葉なのだろうなという印象を受けた。「軽くはない」にしても「重くはない」にしても、〜はないと断言しているので、反対の方向へ向かう言葉である。「軽くはない」は重いの方向へ、「重くはない」は軽いの方向へ向かう。そして、〜はないは、その他のランクのものを含んでいる。断言はできないが、それっぽい感じですね、というときに使える言葉なのだろう。
また、「軽くない」と「軽くはない」にもまた少し違う意味があり、「軽くない」は直接的に言葉の軽い以上に「重い」を表すもので、「軽くはない」は、どこか間接的な含みを持たせた印象を受ける。未来のことや占いなど、断言しないときに使われがちな言葉が〜はないが、なのかもしれないと思った。未来なんて誰にもわからないんだ。