ものすごい忙しい2週間を過ごし、なんとかPOSTでCairo Apartmentの新刊『Time in Air, Time in Paper』をローンチすることができそうである。
朝からレンタカーをし、スガアートへ依頼していたtachiharaさんの作品の額装のピックアップへ。その後、POSTに移動し設営をする。自分でやった過去2回とは全然違い、現場にとてもなれている中島さんがいたのでとても早く物事が進んだ。テレビ電話しながら幸子さんにももう少し細かい部分を微調整してもらう。現場にいない作家のために展示するというのはものすごく難しい。ましてや作家が一度もそこの場所に行ったことがない、最近全く行っていなかったとなると尚更である。福岡での展示の時に行ったことのない場所での展示の難しさを強く感じたので、福岡の展示の際に自分がなんとなくしっくりきていなかったことなどは勉強になり、今回の幸子さんとのやりとりの中で少なからずに糧になっている。あの時は、想像と違うものだったことにかなり違和感を覚え、どんな風に現場で立て直そうかと思ったのだが、今考えると、あの経験は今回、作家と一緒に仕事をする上でとても役に立っている。
朝からレンタカーをし、スガアートへ依頼していたtachiharaさんの作品の額装のピックアップへ。その後、POSTに移動し設営をする。自分でやった過去2回とは全然違い、現場にとてもなれている中島さんがいたのでとても早く物事が進んだ。テレビ電話しながら幸子さんにももう少し細かい部分を微調整してもらう。現場にいない作家のために展示するというのはものすごく難しい。ましてや作家が一度もそこの場所に行ったことがない、最近全く行っていなかったとなると尚更である。福岡での展示の時に行ったことのない場所での展示の難しさを強く感じたので、福岡の展示の際に自分がなんとなくしっくりきていなかったことなどは勉強になり、今回の幸子さんとのやりとりの中で少なからずに糧になっている。あの時は、想像と違うものだったことにかなり違和感を覚え、どんな風に現場で立て直そうかと思ったのだが、今考えると、あの経験は今回、作家と一緒に仕事をする上でとても役に立っている。
作家は、作品を自分の大切な作品として捉えている。その作品ができるまでの時間を全て知っていて、その間に起きた全ての出来事を知っている。一方で、作品を紹介する立場は、作品という認識であることはもちろんなのではあるが、ある意味で作品を商品とみなしている部分も少なからずある。ぼくは、Cairo Apartmentでありながら作家活動にもこれまで同様に力を注ぎたいと思っている部分はその差を出来るだけすり合わせ無くすことが重要だと思っているからでもある。もちろん、作家であるという感覚が無くならないので、続けているというのがとても大きい。何かを作らないと自分が自分でないという感覚さえある。それは、少し今日の内容とはズレるので話さないとして、作家として作品を作ること、もしくは出版社やキュレーターとして作品を紹介すること。そんな相反する立場を反復するかのように物事を考えたいのである。それは、出版社と書店という立場の違いでもまた違ったパースペクティブや考え方があるのだろう。作品に対する愛の問題ではない、作家にも紹介する側にも愛はある。作家として、自分の作品を見てもらえる喜びの部分と、それを理解しようとしてくれるキュレーターなり出版社の熱意や気持ちの温度差を感じた時に、ものすごく悲しい気持ちになるのは作家なのである。
今回は、インディペンデントでずっとやっている有識者である第三者(POST中島さん)がいて、スタートの日程を決めて、それに無理矢理でも間に合わせることで開催できた。それがあったからリズムよく進めているとも言える。時にはそうやって日程を決めてそれに向かってやることもとても大事だと実感する。始まったばかりのプロジェクトは学びしかない。が、同時に自分の考えていることが、間違えていると思わないように、そこで自分の熱意が冷めないようにしたいと思う。自分の考え方が間違えているなんていうのは誰が決めるのだろう。年上の助言も助かるが、それらがぼくらの方法にマッチするのかは誰もわからないだろう。