2021.9.4

今日も銀座。お昼は、作れなかったので、築地のきつねやにホルモン丼を食べに行く。もう、大盛りを食べれる年頃じゃなくなったねと昨日聖子ちゃんと話していたのにまた大盛りを頼んでしまう。動けないほど大盛りだった。
家に帰ると糸島に移住したTinaちゃんからボックス一杯のパンが届いていた。婚約祝いにと送ってくれた。
パンを作る旦那さんと、子供二人、スーザンと生活している。ぼくも田園調布でそんな生活が出来ればいいなと思うが、まだ少し先になりそうだし、ここには海もない。海の近くに住みたい。糸島に移住している人は多いと聞くし、実際ぼくの先輩も移住している。そろそろ行ってみたい場所と言い続けて数年が経った。鎌倉のような場所だという。
サワードーベースのしっかりしたパンで好みのパンで嬉しい。5種類くらい入っていたのだけれど、どれもずっしりしっかりしていて美味しい。家の近くにあって焼きたてが食べられたらどれだけ幸せだろうなと思う。幸せが感じられるパン。遠くにいても友達でいられるのは幸せなことだなと実感。
少し話は変わるが、日本で生活をしてもう4年くらいになるのだけれど、違う意見を「そういう意見もあるんだ」と受け入れることが難しい人間に会う機会が非常に多い。そして、自分の意見が正しいと声を荒げて押し付けてくる人が多い。自分の知らないことを言われると否定したくなるのか、知識や経験の幅が狭いのか、意地悪なのか、自分を正当化したいのか。例えば、子供は、大体においてわがままで自分の意見を聞いて欲しいと思っている、大人の方が理解を示すことがある。それは、知識と経験の違いがそうさせているように思う。
ぼく自身も違う意見を受け入れない人間の一人になってきている実感があり少し恐怖を感じている。その分、経験と知識を増やすことに注力を注いでいる。
歳を取れば取るほど、周りに違う意見を否定する人間が増えているようにも思う。違いをきちんと受入れられる人間でありたい。
正しいことを知っているが、行動しない人が非常に多い。他人事であること、自分の意見と行動の不一致、そんな感覚がどうしても日々の中で感じずにはいられないのだ。頑固ではなく柔軟に、しかし、しっかりと芯を持ってスタイルを貫くこと。
人々が感覚的にもつ正義がどんどんと違う方向に向かわないことを祈る。何のために生きているのかを常に求めたい。