2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2021.6.4

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2021.6.4

在宅勤務。雨でムッとする室内にアジアの湿度を感じた。今の家は窓が大きいのだけれど、ベランダがないのでどうしても雨が降ると窓を閉め切るしかないのである。お湯を沸かしたり、料理をするとどうしても温度差で窓が曇って外が見えなくなる。窓についた雨粒と曇ったガラスがぼくの雨の日の風景である。軽めのグレー。
昼は、トマトがあったので、トマトとオレガノ、ケイパーのスパゲッティ。久しぶりにパスタを食べた。イタリアの労働者のような、もしくは西欧のアートキッズのような食卓で良い。
ぼくはその二つに憧れを抱き続けているので、(あと、カフェテラスでスーツを見に纏いマキアートを飲みながらただ街を見ている男)自分の行動をどうしてもそれらと比較し、模倣してしまう。
家の仕事を終わらせ昼下がりに60's、70'sの色調のヨーロッパフィルムを観ていた母親が持っていた空気もぼくの一つの風景である。
そうやって考えていくと、ぼくは自分の憧れに向かって突き進めているのか、
そんなぼくは洋服が欲しくて、ウェブを徘徊するのである。買い物に行くのも億劫だ。
18時半仕事が終わって急いでAntico caffeで一服。エスプレッソとカンノーロ。その前に立ち食い蕎麦が目に入りサッと入店しそうになったが、立ち止まり、ここは暖簾から足だけしか見えない立ち食い蕎麦ではないと感じ、足を反対方向に向ける。暖簾から見える足こそが立ち食い蕎麦だとその時思ったかどうかはわからないが、書いている今はその風景がぼくは好きで立ち食い蕎麦を食べているんだろうと思う。
20時ごろまで行き交う人を観察し、帰宅。少し展示の構想を練る。こういうのは毎日考えないといけない。
Mubiで、Nils Frahmのライブを観て就寝。
肌荒れが落ち着いてきたかと思いきや、夜になって痒さが増す。痒さとの闘いは人には見えず、人にはうちなる見えない戦いがたくさん存在するのだなと思うと人に優しくありたいと思う。