2100年の生活学 by JUN IWASAKI : 2011.10.25

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2011.10.25


今日は、朝からご飯作って掃除して、自転車修理して、駒沢公園でゴロゴロして、五本木のパティスリースリール行って、NOZY COFFEE行った。JAZZY SPORTとSAVOYをやっと発見。
久しぶりにゆっくりした休日を過ごした。そんな休みの中でこんなこと思った。

「休みの日ってこんな感じ。他には、レコード漁ったり公園行ったり家庭菜園したり映画観に行ったりしてる。仕事は、好きな洋服を着て歴史のあるカルチャー作ってきた会社で働いていて、月にだいたい手取り十数万くらい。それにボーナスが20万くらいもらえるいわゆる会社員とは少し違うけど安定した会社員。家は、世田谷区に住んでて気付けば家の近くに友達がいて、そして彼女がいて一緒に駒沢公園とか無農薬野菜のビストロとか行って、たまには野音にライブ見に行ったり、週末は先輩とクラブ行ったり、トリ飼ったりしてる。気付けば鎌倉逗子葉山の日当たりのいい二人暮らしに変わってて、車も中古のフィアットパンダとかワーゲンバスとか乗ってる。ぼくはお酒飲めないから運転専門。屋上でプールとかバーベキューできるような家をローンで建てちゃったり、地下ある家とか建てたり。そうなると休みはまさに天国だ。鎌倉野菜の市場に通い、かっちりした玄米菜食主義者に。レコードとかマンガとかモノに囲まれてる生活万歳。」

そういうのが公私の充実だとされていた。20世紀オシャレといわれていたものがこれ。
こんな20世紀に憧れられてた生活は、いしいしんじの小説とか岡崎京子のマンガの中だけでもう十分。それが出来ない時代になってしまった。新しい時代のライフスタイルを作らなきゃいけない。放射能が飛び交い地震が起きて土地の価値なんて一体なに?ってなってる。あれ?って思ってる人間は多いのに仕事だ、名誉だ、地位だ、ローンだ、って抱えているものが多すぎる。動けない。感覚の麻痺も恐怖だと思っていたけど、実は麻痺しているのは少数でみんな自分で麻痺させているんじゃないか。麻痺ささないとやってけない。第二次世界大戦時に神風特攻隊がいわゆるヒロポン飲んで突っ込んだのと同じ現象が関東より北では起きてる。
ぼくは、基本玄米菜食で、たまには鰹節使ったり、魚も食べてる。でも、地産地消できてないし、皮だってかなり剥いてる。生活の抜本的見直しをしないと楽しく生きられない。最近はよくわかってきてやっぱ情報より自分の身体で感じる情報が正しい。そのためには自分の身体を健然(浜野安宏の造語で健康+自然)に保たなけりゃいけない。そうなってくると自然とインターネットには向かわなくなってtwitterとかfacebookとかテレビとか受動的に情報を入れることをしなくなる。自分の身体で感じるとなると、本当は自分が生活するのってどのくらいお金がかかるのかとかライフラインは何が必要かとか自分の数値みたいなのがわかってくる。玄米菜食より鰹節使ったりたまに魚食べたりするくらいの玄米菜食くずしくらいが今のぼくには丁度いいこともわかってきた。玄米菜食しようと思うと土地を考える、野菜を考える、自然を考える、人について考える。もっと地球規模で物事は考えなきゃいけない。

3.11の地震と放射能がぼくをこうさせたし、よかったのか悪かったのかちょっとわからない。でも変化ってこういうものなのかなって少し感じてる。サーファーファッションブームがDCファッションブームになった時もこんな気持ちだったのかな。
昨日トーキョーが住める場所じゃないって書いてたけど、実はトーキョーが住める場所じゃないのはぼくだけかもしれない。デュアルライフが出来るヒトはトーキョーに住んでるんです。そんなヒトがいっぱいいるのがトーキョー。
自然保護と地球を守ることと未来へ進むことと生活に必要な最低限のお金を手に入れることをうまく同じ方向で考えられない。どうしたらいいんでしょうか。それが悲しい。